KUSHIDAの棚橋弘至との新日本ラストマッチにイデオロギー闘争の先を見た!

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KUSHIDAラストマッチ 新日本プロレス

KUSHIDAラストマッチ

2019年1月29日。KUSHIDAの新日本プロレスでのラストマッチ。

対戦相手は新日本のエース、棚橋弘至。

新日本に連れてきたのも棚橋なら送り出すのも棚橋。

新日本プロレスのスマホ会員が読める日記で、KUSHIDAはプロレスに対する考え方を何度か語っていた事がある。

ざっくり言うと場外への危険技やテーブルや凶器で沸き起こる”観客の歓声”に依存する事なく、道場の技術を大切に使い磨きに磨きあげて、なんてことない技だけど違うよねというのが理想であり、新日本プロレスの向かうべき方向だというような考えだ。

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イデオロギー闘争とは何だったのか?

記憶に新しい1.4東京ドームでの棚橋弘至 VS ケニー・オメガで巻き起こったイデオロギー闘争。

1.4では棚橋弘至が勝利した。では結局イデオロギー闘争とは何だったのか?

「新日本プロレスの前後じゃなく左右を決める闘い」と棚橋は口にしていたが結局左右は決まったのか?

試合後に棚橋は「ケニー次はいつやるんだ?という感じ」と語った。まだイデオロギー闘争は続いて行くともとれる。

だがケニーは「新日本はまた棚橋の時代になった」という言葉を残して日本を離れた(たぶん)

「賞味期限切れ」「品がない」「嫌い」というようなインパクトの強いワードが前面に押し出されてしまったが、棚橋自身が語った「プロレスは残酷であってはならない」という部分が本質であると僕は思う。

表面をなぞれば危険技の応酬をエスカレートさせていく現在のプロレスに警笛を鳴らしたと捉えそうにもなる。

でもそんな単純な話しではないと思う。

「感情」で闘い、何度やられても立ち上がる選手の姿や生き様に観客は「共感」して明日への活力をもらう。

昭和、平成と時代や魅せ方は変わってもこれが新日本プロレス。

この本質は変えちゃいけない。そういう事なんだと僕は理解している。

もちろんそれらがケニー・オメガにないとは言わないし、ケニーが新日本プロレスに貢献してきた事も色褪せる事はない。

1.4のあの試合はケニーと棚橋2人で新日本プロレスの本質を表現したのだと思う。

KUSHIDA VS 棚橋弘至が魅せたもの

ラストマッチの立ち上がりは静かだった。

濃密なグラウンドの攻防。

棚橋は足、KUSHIDAは腕を攻めていく。

どこか懐かしい、パズルのピースが埋まっていくような試合。

そこには間違いなく「感情」があって「物語」があった。そして「共感」があった。

ハイフライアタックからのハイフライフローに対して剣山で迎撃からのバックトゥザフューチャーを決めて見せたKUSHIDA。

体重差は20キロ近くある棚橋のハイフライフローに、散々痛めつけられた膝で果敢に迎撃したKUSHIDAの姿は、新日本での安定を捨て世界に旅立つKUSHIDA自身を表しているように見えた。

そして最後はテキサスクローバーホールドで試合を閉めた棚橋。

振り返れば2009年に棚橋弘至と中邑真輔の間で起こったイデオロギー闘争。敗れた棚橋をバックステージで襲撃したのは、KUSHIDAの師であるTAJIRIだった。

10年経ち今度は弟子のKUSHIDAがイデオロギー闘争の先にあった本質を棚橋弘至と魅せた。

何てこった。

これだから新日本プロレスはやめられない。

こちらからは以上です。