ヤングライオンとは?海外武者修行の目的は?わかりやすく解説!

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ヤングライオン 初心者向け

気迫を全面に押し出し、気持ちのいいファイトを見せてくれる新日本プロレスの若手。

通称「ヤングライオン」

プロレスを見始めたばかりの初心者の方は

・ヤングライオンってなんでみんな同じような技を使うの?

・何のためにあるのか?

・海外武者修行に行くのはなぜ?

など、疑問に思う事も多いと思います。

この記事ではそんな「ヤングライオン」と「海外武者修行」について解説します。

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ヤングライオンとは

一般的にはデビューして約3年くらいまでの新日本プロレスの若手を「ヤングライオン」と呼びます。

しかし、期間で決まっているわけではなく、ほとんどの選手は海外へ武者修行(無期限海外遠征)に行くことで「卒業」となります。

そのため、現在「ロッポンギ3K」として活躍しているSHO選手YOH選手などは、下の若手がいなかったため、海外遠征に行くまでに4年近くかかっています。

ヤングライオンは雑務もこなすため、いなくてはならない存在です。

 

また、例えば”オカダ・カズチカ”のように海外や他団体でキャリアがある選手でも、入団後再デビューをすれば「ヤングライオン」扱いになります。

近年ではキャリアのある外国人選手でも入寮し「ヤングライオン」を経験する場合も多くあります。

例を挙げると”ジュース・ロビンソン” ”タマ・トンガ” ”デヴィット・フィンレー” ”トーア・ヘナーレ” ”ジェイ・ホワイト”などがそれにあたります。

外国人選手の場合はヤングライオンでいる期間が短くなる事が多く、海外武者修行に出ない選手も多いです。

海外の選手にとって日本が海外ですから、自然な事かもしれません。

 

もちろん、入団してすぐにデビューできるわけではなく、デビューするまでの期間も選手によってバラバラです。

試合での特徴

ヤングライオンは基本的に第1試合など、興業の前半に試合を組まれる事が多いです。

コスチュームは黒のショートタイツに黒のシューズという、いわゆる「ストロングスタイル」の象徴といえる格好が基本となります。

全力疾走でリングインし、感情むき出しで闘志あふれる真っすぐな闘いをするのが特徴といえます。

技もエルボー、ショルダータックル、ドロップキック、ボディスラムなど、基本的なもので構成される事が多く、逆エビ固めで決着がつく事が多いです。

近年では少しづつ使う技の種類が増えている傾向にあります

 

つまり「技や色に頼らないで試合を作る」という事を学ぶ期間なのです。

大技を使えば観客は沸きます。しかし、それしか出来ないと客に飽きられ、どんどん技は危険になっていくでしょう。

プロレスは相手を壊すために闘っているわけではありません。

だからこそ、新人のうちに最小限の技で、どう盛り上げるか、どうやって技に感情をのせるかを学び、いわゆるプロレスのセンスを磨くのです。

ヤングライオンの役割や仕事

ヤングライオンは野毛道場に隣接した「寮」に寝泊まりし、洗濯、掃除、買い出し、ちゃんこ番など数々の雑務をこなします。

昔は合同練習が基本で、ちゃんこ番の日は練習にも参加できないというような事もあったようです。

 

また興業が行われる時には、先輩レスラーの荷物運びや会場の設営や撤収を手伝います。

試合中には先輩レスラーが脱いだガウンやコスチュームを片付け、場外乱闘などで場外に出た際には観客の安全確保のために誘導をしたりもします。

試合後にはアイシングを持って駆けつけ、選手の退場を手伝い、試合後にヒールレスラーが暴れる時なんかにはそれを止めにいきます。

試合中や試合後に、容赦なく蹴り飛ばされ、パイプイスで殴られている姿をよく見かけると思います。

 

また、先輩レスラーの付き人をする場合も多くあります。

そういった場合に師弟関係が生まれ、選手によっては将来師匠の技を使うようになったりもします。

例えば、棚橋弘至は武藤敬司の付き人をしていたため、武藤の得意技のドラゴンスクリューを使います。(元々は藤波辰爾の技ですが)

そんな忙しい合間をぬっての練習になるわけです。

デビューするまでは外出禁止という気まりもありますが、デビューしてからもとても遊ぶ時間なんてない事が仕事の多さからうかがえます。

ヤングライオン杯とは?

若手の登竜門的な大会に、リーグ戦で行われる「ヤングライオン杯」というものがあります。

1985年に第一回が開催され、そこから若手をさす時のヤングライオンという名前が定着しました。

ヤングライオンという名前はアントニオ猪木の若手時代の異名でもある”若獅子”から来ていると言われています。

そもそも選手の大量離脱により、新人を売り出すしかない状況での苦肉の策で始まったとこの大会はこれまでに全11回開催されました。

若手の層が厚い時にしか開催されないため、2017年大会以前は12年間ものあいだ開催がありませんでした。

この大会から頭角を表した選手も数多くいます。

歴代の優勝者と準優勝者は以下の通りとなります。

1985 第1回 小杉俊二  

*山田恵一

(獣神・サンダー・ライガー)

1986 第2回 *山田恵一 後藤達俊
1987 第3回 蝶野正洋 橋本真也
1993 第4回 山本広吉

(天山広吉)

西村修
1994 第5回 小島聡 中西学
1995 第6回 中西学 永田裕志
1996 第7回 石澤常光

(ケンドーカシン)

永田裕志
2000 第8回 鈴木健三(KENSO) 真壁伸也(真壁刀義)
2004 第9回 田口隆祐 湯浅和也(GAINA)
2005 第10回 後藤洋央紀 伊藤博之
2017 第11回 北村克哉 川人拓来

この後に飛躍し、現在も活躍しているレスラーも数多くいますね。

これとは別に”ヤングライオントーナメント”という勝ち上がり形式の大会も何度か開かれています。

海外武者修行

ヤングライオンの卒業ともいえる無期限海外遠征。

昔は、行きの飛行機のチケットと住所だけ教えられて、自分で稼いで自分で食って、自分でプロレスセンスを磨いてこい!というような時代もあったようです。

プロレスラーはセルフプロデュースが重要ですからね。

しかし、現在はそのような事はなく、海外の提携団体にきちんと会社の援助を受けて遠征するようになっています。

主にはアメリカのROHやメキシコのCMLL、あとはイギリスなどです。

 

海外遠征の目的は、海外で文化の違うプロレスを見て、学び、吸収するのが目的ですが、”リセットする”という部分もあります。

黒いショートタイツで闘志あふれるファイトを見せていた新人が、ある日を境にいきなりキャラチェンジしても、お客さんはついてこれませんよね?

その為に、空白期間を設けるという意味で海外遠征するという側面もあるようです。

 

これはある程度キャリアを積んでから海外遠征に行くレスラーもこれにあたる場合があります。

例をあげるなら内藤哲也選手は、スターダストジーニアス時代にばりばりのベビーフェイスでしたが、伸び悩んでいました。

棚橋弘至選手と被る部分も多かったですからね。

それが2015年にメキシコ遠征に行き、いわゆるヒールターンして帰ってきて、現在の「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」の内藤になっています。

 

ヤングライオンがヒールとして帰ってくるパターンが多いのですが、これも海外に行くとすでに自国のスター選手がいるわけで、よそ者である日本人選手はヒールのほうが現地のお客さんにも受け入れられやすく、出番も多いのです。

そしてそのキャラを引っ提げて帰ってくる事が多いため、ヒールとして返ってくる事が多くなるのです。

海外遠征の期間については、海外での活動状況や、会社側の状況、あるいはストーリー展開などにあわせて呼び戻される事が多いです。

ヤングライオン時代を見ていた選手が、たくましくなって一人前のプロレスラーとして凱旋するのも見れるのはファンとしてとても嬉しいものです。

全てをプロレスに捧げている、未来のスター候補のヤングライオン。

温かい気持ちで応援しましょう!

こちらからは、以上です。